三内丸山遺跡とは?

盛土

  竪穴住居や大きな柱穴などを掘った時の残土、排土や灰、焼けた土、土器・石器などの生活廃棄物をすて、それが何度も繰り返されることによって周囲より高くなり、最終的には小山のようになりました。土砂が水平に堆積しているので、整地されていたと考えられます。中から大量の土器・石器の他に、土偶やヒスイ、小型土器などまつりに関係する遺物がたくさん出土しています。

南盛土の断面 南盛土から出土したヒスイの大珠(たいしゅ)
南盛土の断面 南盛土から出土したヒスイの大珠(たいしゅ)

 

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