平成29年度 発掘最前線 6月

 

2017年6月5日 (月) 2週目

溝跡(みぞあと)を発見しました

写真の赤線内側は溝跡です。奥に縄文土器(黄色の枠内)が出土しています。

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地表を覆っていた土を取り除いたところ、溝跡が発見されました。この溝跡は縄文時代の土器が埋まっている土を掘って造られています。詳細な調査はこれからですが、溝跡は平安時代以降に構築されたと考えられます。

三内丸山遺跡では、これまで縄文時代、平安時代と中世の遺構が確認されています。昔から人が住み続けた場所であることがわかります。

2017年6月12日 (月) 3週目

土器などが出土しました

写真は、縄文時代中期の土器(円筒上層a式)が出土した状況です。

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 縄文時代の埋没沢を探すために、多数の土器や石器が含まれている層を掘り下げています。層の厚さは現時点で3080cm程度になります。出土している土器は、縄文時代中期のもので、壊れた状態で見つかっています。石器は石鏃(せきぞく)や磨製石斧(ませいせきふ)が発見されています。
2017年6月19日 (月) 4週目

低い地点でも土器などが出土しました。

写真は、縄文時代前期末から中期初頭(約5000年)の土器が出土した状況です。

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 運転免許センター近く、段丘下の標高10.5m程の地点で1.5m程掘り下げたところ、土器などが出土しました。

三内丸山遺跡は、標高20m程の段丘上の高い地点で大型掘立柱建物跡や大型竪穴建物跡などが見つかっていますが、段丘の低い地点においても縄文人による活動があったことが調査で明らかになっています。ただ、標高の低い部分でどのような活動が行われていたのか、まだ不明な点が多いため、今後も発掘調査によって解明していく予定です。

2017年6月26日 (月) 5週目

磨製石斧(ませいせきふ)が出土しました。

写真は、磨製石斧(写真中央の青緑色の石)が出土した状況です。

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磨製石斧は、木の伐採・加工の道具として、縄文時代の生活で欠くことのできない重要な道具です。写真中央の青緑色の石は、自然礫(れき)に囲まれるように出土した磨製石斧です。この磨製石斧の石材は緑色片岩(りょくしょくへんがん)あるいは緑色岩(りょくしょくがん)と推定され、これまでの三内丸山遺跡特別研究の成果から北海道の額平川(ぬかびらがわ)流域一帯で採取できると考えられている石です。磨製石斧の材料として、縄文人に大変珍重されていた石です。
 三内丸山遺跡ではこれまで1000点以上の磨製石斧が出土しており、その多くが緑色片岩あるいは緑色岩と鑑定され、岩石学的な研究から北海道産の石であると推定されています。そのため、三内丸山遺跡に暮らしていた縄文人が非常に広い範囲の人々と関係を持っていたことがわかります。こうした情報を積み重ねることで、縄文時代のムラとムラ、人と人との関係を明らかにすることができます。

 

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