これまでのあゆみ

三内丸山遺跡が文献に登場してから、今日に至るまでの流れをご紹介します。

古くから知られていた三内丸山

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菅江真澄  三内丸山遺跡はすでに江戸時代から知られ、遺跡に関する最も古い記録として、山崎立朴の『永禄日記(館野越本)』(元和91623)があります。
 江戸時代後期には有名な紀行家菅江真澄が現地を訪れ、『すみかの山』(寛政111799)に、縄文時代中期の土器 や土偶の精巧なスケッチと考察を記しています。

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昭和の発掘調査

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 昭和28年から慶応義塾大学などによる学術的な発掘調査が行われました。
 昭和42年には青森市教育委員会が現在の南盛り土西側を調査しました。
 最近では、昭和51年に青森県教育委員会により南側の一部が発掘調査され、縄文時代中期の大人用の墓が56基検出 されました。また、同年には三内丸山遺跡の南側に位置する近野遺跡(現在では三内丸山遺跡の一部と考えられて いる)も調査され、縄文時代中期の大型住居跡が検出されています。
 昭和62年には青森市教育委員会が南盛り土南側を発掘調査しています。

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始まった大規模な発掘調査から保存へ

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大型柱穴木柱 平成4年度から始まった県営野球場建設に先立つ発掘調査で、前例のない巨大な集落跡が姿をあらわし、さらに膨大な量の土器や石器などの生活関連遺物や土偶などの祭祀遺物が出土しました。
 平成6年7月、直径約1メートルのクリの巨木を使った縄文時代中期の大型掘立柱建物跡の発見をきっかけに、遺跡の保存を求める声が沸き上がりました。
 世論の高まる中で、同年8月に青森県は遺跡の重要性を考慮し、途中まで進めていた野球場の建設工事を即時中止し、遺跡の永久保存と活用を決定しました。その後、遺跡は保存のために埋め戻されました。

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保存決定から遺跡整備へ

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陸奥湾を臨む 今後の遺跡の保存・活用のため、平成7年1月には県教育委員会に三内丸山遺跡対策室が、県土木部には公園整備推進室が設置されました。平成7年度から史跡指定のための、範囲確認調査・試掘調査を行い、平行して短期整備が進められました。平成9年3月には国史跡、平成12年11月には特別史跡に指定されました。

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進む調査研究

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 三内丸山遺跡では、遺跡の解明と整備・活用を円滑に進めるために、三内丸山遺跡対策室が毎年継続して発掘調査を行っています。これまでに第1〜第26次調査(平成15年度末まで)が着手され、遺跡全体の約40%の確認調査が行われています。
 発掘調査を進めるにあたっては、専門家、学識経験者、文化庁から構成される三内丸山遺跡発掘調査委員会を設置し、調査地点の選定や目的、学術的成果の検討を学際的に行っています。

 また、これまでの出土資料の整理、学術報告書の刊行も自然科学的分析を積極的に取り入れ、進められてきました。さらに三内丸山遺跡特別研究推進事業を行い、学術解明に取り組んでいます。この研究は遺跡に関する研究課題を公募し、研究費を交付する公募研究と、発掘調査委員会委員による共同研究があります。

 これらの研究成果や発掘調査成果については、一般県民に向けての報告会開催や年報に掲載し、常に情報公開を積極的に行っています。

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特別史跡の指定

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特別史跡の指定 平成12年11月24日、三内丸山遺跡は遺跡の国宝と言うべき特別史跡に指定されました。縄文遺跡としては44年振りで、3番目の指定となります。

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重要文化財の指定

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縄文ポシェット  平成15年5月29日、三内丸山遺跡の出土遺物1,958点が重要文化財に指定されました。
指定された遺物は平成4・5年に調査が行われた第6鉄塔調査地点と、平成4〜6年に調査した旧野球場予定地の竪穴住居から出土したものです。
「縄文ポシェット」の愛称で知られる編み物や、代表的な出土品である「大型板状土偶」をはじめ、土器や骨角器など貴重な遺物が指定されました。
大型板状土偶
縄文ポシェット 大型板状土偶
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整備と遺跡の公開

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整備と遺跡の公開 平成7年4月から、保存のために一時埋め戻した遺構の再公開と仮展示室の整備を行いました。
 8月には遺物展示や映写室、整理室等を併設した展示室を建設し、公開を開始しました。
 また遺跡の特徴的な遺構の実物を見学してもらうために、遺構の保存処理や空調施設を完備した覆い屋を設置し、通年での見学が可能となりました。
さらに遺跡を具体的に理解していただくために、竪穴住居5棟、大型竪穴住居(ロングハウス)1棟、高床建物3棟、大型掘立柱建物1棟の建物復元を行いました。 復元にあたっては専門家からなる検討委員会を設置し、調査所見や学術的な検討を踏まえ実施しました。他に利便施設として休憩所、駐車場も整備されました。
平成14年11月30日には、三内丸山遺跡のビジターセンターとして「縄文時遊館」がオープンしました。 縄文時代について楽しく体験できる「縄文ギャラリー」や、映像で遺跡を紹介する「縄文シアター」などがあります。 また、ミュージアムショップやレストランがあり、物産やおみやげ品の販売もしています。さらに園路の整備や竪穴住居の復元も行いました。
平成22年7月には、縄文時遊館の「縄文ギャラリー」を改修し、重要文化財などを展示可能な「さんまるミュージアム」をオープンしました。 これに伴い遺跡内の展示室は15年間にわたる役目を終えて閉鎖されました。出土遺物の展示は、「さんまるミュージアム」で行っており、さらに充実した展示をめざしています。



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