特別研究成果

平成19年度の特別研究推進事業について
 特別史跡三内丸山遺跡では、総合的・学際的研究を展開し、より一層遺跡の全体像の解明と縄文文化に関する研究を進めるため、関連する研究を公募するものです。
自由課題研究
「円筒土器文化」または「三内丸山遺跡」について、各種遺物、各種遺構、集落構造などを取り扱った個人またはグループによる研究。
総合研究 三内丸山遺跡の全体像解明につながる総合的、学際的な共同研究。


平成19年度の研究成果概要
○自由課題研究
研究テーマ 「石斧製作石材(原石・擦り石・石刀)の円筒土器文化圏における流通」
研究者 合地 信生
(斜里町教育委員会)
研究成果概要  石斧の製作に関係する原石・擦り石・石刀から当時の流通システムと文化圏を考察した。
1)原石
 三内丸山遺跡出土の石斧原石は、青色片岩(北海道旭川市神居古潭変成岩)、緑色片岩(北海道平取町アオトラ石)、閃緑岩(北上花崗岩帯)に区分される。
@<縄文時代前期〜中期>三内丸山遺跡と道南ではアオトラ石が約60%使われ、それより南ではアオトラ石の割合が順次少なくなる。青色片岩は三内丸山遺跡と道南では約10%であるが、それより南では使われなくなる。閃緑岩は逆に南ほど使われる量が多くなる。
A<後期〜晩期>道南ではアオトラ石の使用は依然多いが、東北地方では激減する。青色片岩は全体に減少。それに反して地元の閃緑岩が多くなる。
2)擦り石
 東北地方日本海側に産する緑色凝灰岩製の擦り石が三内丸山遺跡から多く出土している。
3)石刀
 角閃石を含まない安山岩でつくられた石刀が三内丸山遺跡から出土しており、三内丸山遺跡のすぐ東の火山から産した可能性が高い。
4)流通システムと文化圏
 擦り石と石刀は地元産の岩石を利用し、石斧原石は離れた地域のも利用している。
縄文時代前期〜後期にかけて北海道から石斧原石が数多く三内丸山遺跡に持ち込まれており、その分布域は円筒土器文化圏と一致する。
後期〜晩期では道南では依然北海道の原石を利用しているのに対し、東北地方では地元の岩石の利用が高まり、津軽海峡を境に流通システムと文化圏が異なったと推察される。 

○総合研究
研究テーマ 「縄文中期から後期初頭の環境文化急変の解明−三内丸山遺跡を中心に−」
研究代表者 辻 誠一郎
(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
研究成果概要  三内丸山遺跡で確認された円筒式土器とその後の大木10式にいたるすべての土器型式の年代を検討し、既報の資料も総合して、縄文前期中葉から後期初頭の編年を確立した。
 縄文中期から後期初頭にかけての生活文化要素の一つとしてトチノキとの関係性が抽出され、東北地方では約4400炭素年、約4100炭素年、約3700炭素年の3期に段階的にトチノキとの関係性が成立することが明らかになった。それぞれ第1の画期、第2の画期、第3の画期と呼ぶことにした。第1の画期は円筒上層d・e式段階、第2の画期は大木9・10式段階、第3の画期は十腰内T式段階である。トチノキとの関係性は段階的に強くなり、集約的・広域的となり、また、沢・谷の開発と利用度が増していった。一方、環境変動の検討によって、約4400炭素年、約4100炭素年、約3700炭素年に急激な気候の寒冷化があったことが明らかになった。
 トチノキとの関係性で象徴される生活文化の段階的な変化は、気候の段階的な急変に対する適応戦略と考えられた。縄文中期から後期にかけての集落形態や生活文化の急変は東北北部で広く認められ、環境の段階的な寒冷化とそれによる生態系の変化が大きくかかわったと考えられた。

その他の年度の研究成果概要について
平成10年度から行われている、特別研究推進事業の研究成果の概要について紹介します。

【平成10年度〜12年度の研究成果概要は、こちら】

【平成13年度〜15年度の研究成果概要は、こちら】

【平成16年度の研究成果概要は、こちら】

【平成17年度の研究成果概要は、こちら】

【平成18年度の研究成果概要は、こちら】

【平成20年度の研究成果概要は、こちら】

なお、詳しい研究内容は「三内丸山遺跡 年報」に記載されています。

特別研究推進事業の募集について
【特別研究の募集要項は、こちら】

 

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