特別研究成果

平成22年度特別研究推進事業について
 特別史跡三内丸山遺跡では、総合的・学際的研究を展開し、より一層遺跡の全体像の解明と縄文文化に関する研究を進めるため、関連する研究を実施しています。
個人研究
縄文時代の「盛土遺構」または「三内丸山遺跡」、「円筒土器文化」に関連する遺跡・遺構・遺物を対象とし、考古学的な研究以外に、民俗学や地理学、建築学などの視点による研究も対象とする、個人による研究。
共同研究 三内丸山遺跡について、複数の研究者による学際的な分析研究。


平成22年度の研究成果概要
○個人研究
研究テーマ 東北地方北部における縄文中期後半集落に関する基礎的研究
研究者 菅野 智則(東北大学埋蔵文化財調査室)
研究成果概要  本研究は、東北地方北部(円筒土器分布圏)における中期後半の住居跡と土器の分析を通じ、東北地方南部(大木式土器分布圏)の遺跡と比較検討を行い、その地域的特徴を明らかにすることを目的とした。@北上川流域における中期後半土器の器種・器形類型と比較すると、北東北の土器の種類はかなり少なく、大体は口縁部が外反する類型の範疇にほぼ収まる。その中で、最花式の「広口壺形土器」と呼ばれる一群の器形は非常に特徴的であり、サイズ等の属性の検討から、定量的に確実に分離できることが理解できた。また、純粋な東北南部の土器そのものはあまり見受けられない。土器製作技術や生活スタイルを含めた総体として大木式土器分布圏の文化を受容したものではなく、在地的な展開の上で、多少の要素を受け入れている状況を想定したい。A非常に規模の大きな住居跡が存在する。南東北では中期前半に一段落する竪穴住居の大形化の傾向が、北東北ではさらに進行しているように見受けられる。広域的な時期的特徴の一つである複式炉構造を採用してはいるが、この様相を継続的な在地的特徴の表出として捉える。Bこれらの特徴からするならば、北東北中期後半における文化的変容の様相は、決して急激な変化ではなく、緩やかな変質として理解した方が適切であろう。

研究テーマ

三内丸山遺跡の盛土の形成過程とその場所性の解明

研究代表者

國木田 大(東京大学北海文化研究常呂実習施設)

研究成果概要  本研究の目的は、集落において特殊な場所性をもつ盛土場の歴史的意義を明らかにすることである。本研究での場所性という用語は、これら人間活動に伴う人為堆積物として盛土を把握し、集落内における同時期の堆積物と性質が異なる点を意識して用いている。盛土の堆積物には、人の行為の多様さが内包されており、人間活動の実態解明に適した資料と言える。三内丸山遺跡の盛土遺構には、多数の炭化物が包含されていることが大きな特徴のひとつである。盛土遺構の形成過程とその場所性を解明する基礎資料として、炭化材は重要な情報のひとつと考えられる。そこで、本研究では14C年代測定および樹種同定を詳細に実施し、その様相について考察を行った。 第33次西盛土A-1区壁面出土木炭資料(27点)の14C年代測定の結果は、かなりばらついた結果で得られた。一番古い年代値は33a層の4865BPで、若い年代値は3b層の4400BPであった。50層より下部は、47004500BPで比較的まとまった年代を示した。廃棄等の行為は連続であっても、その炭化物の由来は多様であったことが推察される。これは、盛土遺構がある一定の機能で連続的に活用されていた可能性よりむしろ、多目的な場として変遷していった可能性が高いことを示唆していると思われる。樹種同定の結果では、西盛土・南盛土ともほとんどがクリであった。これは先行研究の花粉分析や種実遺体分析の結果を追認するものであり、材の利用でもクリ材に偏重していたことを解明できた点は意義が大きい。今後も様々な角度から盛土構成物を検討し、新たな知見を積み重ねる必要がある。


○共同研究
研究テーマ 三内丸山などの「盛土遺構」の研究
研究者代表者 小林 克(秋田県埋蔵文化財センター)
研究成果概要

21年度に引き続き2年目となる本研究では、三内丸山遺跡を含む東日本から北日本にかけての縄紋時代遺跡に特徴的に見られる盛土遺構のデータ・ベース化を行い、その資料に基づいての議論を行って、盛土研究のもつ課題について整理することを目的とした。 

縄紋時代の盛土については当初から議論の中心にあったように、何をもって「盛土」と認定するかという課題がある。2年間の研究でも様々な形成要因を考えなければならないことが明らかにされたが、加えて三内丸山遺跡、御所野遺跡、あるいは館崎遺跡、大平1遺跡のフィールド・ワークを通して、大まかに「廃棄盛土」と「造成盛土」があることが確認された。前者は貝塚形成とも絡み、葉理状構造をもつ薄層が何重にも堆積し、場合によっては廃棄単位の把握も可能な盛土である。ただし、「廃棄」とは言っても単に排土や不要物を捨てるという意味にとどまらず、現地性の焼土や埋設土器を伴い、時に焼獣骨や人骨をも伴う儀礼的性格を強く帯びた遺構、すなわち「送り場」と認められる遺構である。また、後者は短期に地形を大きく変える削土と対になった盛土であり、旧い遺構面を削り取り、その排土を盛り立てた遺構である。この2種の盛土形成のメカニズムが盛土遺構の具体例に反映している。そして、その盛土形成が主体的に行われたのは縄紋時代社会が定住化した後の、すなわち早期後葉以降の集落であり墓地である。

縄紋時代の集落や墓地の発掘調査は往々にして、現表土以下遺構面までの土を可能な限り手早く取り除き、遺構分布を把握して個別の構造を明らかにすることが目標とされる。しかし、遺構の内外での廃棄や儀礼痕跡がどのように累積し、さらに各種施設を造営する立地面がどのように造作されているかの確認には、あまり重点が置かれてこなかったきらいがある。盛土研究を通して現状地形の把握から始まる「遺跡化」過程の記録と解釈の重要性が確認された。

なお、北海道南部、青森、岩手、秋田、宮城、山形の盛土遺構のデータ・ベースは21年度研究成果をふまえた項目構成の資料集として、また、研究会での討議は座談会録として刊行した。

 



その他の年度の研究成果概要について
平成10年度から行われている、特別研究推進事業の研究成果の概要について紹介します。

【平成10年度〜12年度の研究成果概要は、こちら】

【平成13年度〜15年度の研究成果概要は、こちら】

【平成16年度の研究成果概要は、こちら】

【平成17年度の研究成果概要は、こちら】

【平成18年度の研究成果概要は、こちら】

【平成19年度の研究成果概要は、こちら】

なお、詳しい研究内容は「三内丸山遺跡 年報」に記載されています。

特別研究推進事業の募集について
【特別研究の募集要項は、こちら】

 

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