平成10年度
共同研究
研究テーマ
三内丸山遺跡における人と自然の交渉史Ⅰ -遺跡の時空間的位置づけと生態的特徴の解明を中心として-
研究者
辻誠一郎、鈴木三男、中村俊夫、久保純子、百原 新、森 勇一、能城修一、佐瀬隆、住田雅和、後藤加奈子、木村勝彦、細野 衛、高知セリア好美、辻 圭子
研究成果概要
3つの課題を設定し、調査研究を行った。
青森平野の古地理変遷については、過去のボーリング資料の解読により、青森平野における縄文海進の規模はそれほど大きくなく、広がりや期間も小さかったことが予想される。
三内丸山遺跡の生態系の復元については、植物遺体の分析により、集落に人が住み始めるとブナの森林は急速に姿を消してクリ林が広がったこと、最盛期を過ぎる頃、クリ林は消え、再びブナの森林が広がったことが判明した。
高精度放射性炭素年代測定にもとづく自然・文化史編年については、木炭を使用した炭素年代測定により、三内丸山遺跡で集落が営まれたのは炭素年代5100年前~3800年前で暦年代に補正すると紀元前3800年~2100年になることがわかった。
研究テーマ
三内丸山人の資源利用モデルの構築
研究者
西本豊弘、谷 正和、樋泉岳二、新美倫子、佐藤孝雄、坂口 隆
研究成果概要
三内丸山遺跡を一つの生物体と考えて、それを維持するためのプロセスをモデル化することを目的に研究した。
具体的には重要な食料資源であるクリの生産量の推定、魚類の構成比と漁労活動、三内丸山遺跡から40km圏内の遺跡分布について詳細に分析したほか、建築材、土器の生産量、竪穴住居の時期別住居数、三内丸山遺跡のテリトリーについても研究した。
魚類は生息環境では底魚類・磯魚・表層回遊魚など多彩で、サイズも様々で、周年にわたる漁労が推定された。
遺跡分布の研究では、三内丸山遺跡周辺の前期の居住遺跡が中期には減少することが示された。
クリの生産量については同じブナ科のブナ・アベマキの収穫量から推定復元し、カロリー換算し三内丸山遺跡における人口扶養力を推定した。
研究テーマ
土偶から見た社会
研究者
小山修三、佐々木史郎、古屋敷則雄、内山純蔵、及川昭文
研究成果概要
三内丸山遺跡では、全国最多の1,400点以上の土偶が出土している。
三内丸山遺跡の土偶は9割が盛土から出土しており、盛土の特定の場所に捨てられていたこともわかった。小型土器や装身具も同じような出土傾向がみられ、まつりの道具とセットになっていた可能性がある。
大半の土偶は破片で出土する。壊しやすく作ったあとはなく、修理される例もあり、使用済みになるとバラバラにされる性格の道具だったようである。
公募研究
研究テーマ
DNA分析によるウルシの起源
研究者
佐藤洋一郎
研究成果概要
ウルシの技術は中国由来のものであるという説と、日本固有のものであるという説がある。そこで、ウルシノキの植物としての起源を明らかにするために検討を行った。
現在のウルシ属はDNAの配列によって種に分類できるか、また現在のウルシノキの品種をDNAの配列で区別できるか、現生の葉を利用して調査した。蓄積された過去のデータがないため、現生標本の収集から行った。
出土ウルシ属種子のDNA分析を行った結果、ウルシ属のうち、ウルシノキのものであること、また日本列島のどこかで栽培された可能性が高いことが示された。
研究テーマ
縄文時代前・中期の煮炊用土器の作り分けと使い分け
研究者
小林正史
研究成果概要
円筒土器の作り分けについて容量や形による分類を行った。
また、炭化物から見た土器の使い方については、土器の内面、下部に付着したコゲを分析し、容量との関係を比較した。この結果、大型の方がシチューのような調理に使われた頻度が低いこと、盛土出土の円筒上層式土器は谷から出土した円筒下層式土器よりも使用頻度が低いことがわかった。
さらに、野焼き実験に基づき野焼き方法の復元を行った。
この結果、土器の大量廃棄の背景として耐久性の低さ、製作コストの低さ、使用頻度の低さ(使用期間の短さ)をあげることができる。
研究テーマ
埋葬方法の類型とその配置から見た縄文社会
研究者
中村 大
研究成果概要
青森県内の縄文時代早期から中期後葉の墓を集成し、埋葬方法の種類と移り変わり、配置についての基礎的な分析を行った。
青森県内の埋葬方法は、早期後半に大半が出そろい、前期中葉に土器棺墓、前期末葉にフラスコ形土坑が出現して副葬品の量にも差が生まれる。中期前半から後葉にかけては多様化が進み、副葬品も希少価値の高さに重点がおかれていく。
三内丸山遺跡も同様の傾向にあるが、従来の伝統を守り続ける面と、早くから多様化が見られるという二面性を持っている。
そのほか副葬品からは社会的不平等の広がりが、列状墓の配置からは密接な関係にある異なる集団の存在が指摘できた。
年報
年報 3