特別研究
趣旨
特別史跡三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期にかけての大規模な集落跡であり、円筒土器文化の解明のみならず、縄文文化の研究においても欠くことのできない重要な遺跡です。青森県教育委員会では、三内丸山遺跡の全体像の解明及び縄文文化に関する調査・研究を進めるため、各種分析や資料の蓄積等を行うとともに、特別研究として関連する研究を行ってきました。
研究テーマ
①三内丸山遺跡を中心とした縄文時代の社会・文化に関する研究
②三内丸山遺跡の全体像の解明に資する諸分野(環境学、文化財科学、情報科学等)による研究
特別研究概要一覧
| 令和7年度 | 令和6年度 | 令和5年度 | その他の年度 |
研究テーマ
新登録世界文化遺産の公園化整備利用に関する比較研究
―新石器時代の三内丸山遺跡と中国良渚遺跡を中心に―
研究者
張 睿帆(寧波大学人文・メディア学部)
研究成果概要
新石器時代の文化遺産については、年代が古く、遺構や遺物の保存状態が必ずしも優れていない場合が多いため、その価値が長らく十分に認識されてこなかった。その中で、東アジアにおける新石器時代の世界文化遺産は、日本の「北海道・北東北の縄文遺跡群」(2021年登録。登録番号1632)と中国の「良渚古城遺址」(2019年登録。登録番号1592)の二例にとどまっている。
本研究では、この二つの新登録の新石器時代の世界文化遺産を対象とし、特に両方の中核遺産に位置されている「三内丸山遺跡」と「良渚古城遺址」に着目し、近年以来の当該遺跡の公園化整備およびその利用について比較し、それぞれの遺跡における整備や管理の現状、問題点を明らかにする。
その結果、立地と周辺環境の整備、柱状顕彰物の重視、遺構の復元手法、植生利用の理念、地元住民との交流、遺跡内移動手段、冬季利用への配慮などの面からみると、三内丸山遺跡が自然環境との共存や地域社会との協働を重視するのに対し、良渚古城遺跡は観光拠点としての機能を重視することが明らかとなった。これらの差異は、単なる立地条件の違いにとどまらず、文化遺産をいかに位置づけ、いかに社会へ開いていくかという制度的背景の相違を反映するものである。今後は、両者の実践を通じて、持続可能な遺跡公園の在り方をさらに検討する必要がある。
研究テーマ
三内丸山遺跡発掘調査成果を活用した体験型学習支援システムの設計と実装
―「発掘から紡ぐ縄文の暮らし:三内丸山遺跡発掘体験学習システム」の開発 ―
研究者
周 志宇(あおもりコンピュータ・カレッジ)
研究成果概要
遺跡は「見るもの」から「体験するもの」へ。
本研究では、三内丸山遺跡2025年度の発掘調査をもとに、発掘作業を疑似体験できるWeb型学習システムを開発した。
利用者は発掘現場に入り、地層を掘り進めながら発見を重ね、その都度、関連する知識や資料へと自然に導かれる構造となっている。
また、ドローンによる発掘面の記録、遺物の出土状況写真、高解像度の文化財画像や発掘現場動画などを組み合わせることで、縄文時代の暮らしや文化を多角的に理解することができる。
さらに、縄文クイズやミニゲームを通じて、利用者が自ら考え、試行錯誤しながら学ぶ探索的な学習体験を実現している。
技術面では、PythonのDjangoフレームワークを活用し、20以上のテーブルを持つデータベースと、40種類の動的なWebページを構築した。そのうえで、各ページが対応するテーブルと通信しながら、ユーザーの操作に応じて1000種類以上の画面を生成するインタラクティブなWebアプリケーションを実現した。
本研究は、発掘体験・知識学習・資料観察・土器接合の4つのアプリケーションを連携させた総合的学習システムの構築により、発掘の「結果」を提示する従来の展示に対し、発掘の「過程」を体験させることで理解を深める新たな学習環境を提案するものであり、教育および文化発信の新たな可能性を示すものである。
研究テーマ
青森県域の縄文時代中期後半~後期前半の配石墓の研究 ―三内丸山遺跡の環状配石墓を中心に―
研究者
高屋 昂平(東京大学大学院人文社会系研究科 修士課程)
研究成果概要
土坑直上に礫を環状に配した環状配石墓は、三内丸山遺跡において特徴的な遺構のひとつである。環状配石墓は、配石を持たない土坑墓とは被葬者が異なる可能性が指摘されているが、三内丸山遺跡以外においては、過去に数例挙げられているのみで、分布・特徴については不明な点が多い。
以上を踏まえ、青森県域(本州島北緯40度以北)の縄文時代中期後半~後期前半の配石墓について、形態・土坑の長軸方向・出土遺物について分析を行い、環状配石墓の位置づけと、石棺墓(縄文時代中期末~後期初頭の青森県域において特徴的な、土坑の壁に沿って礫を配した配石墓)・環状列石(後期前葉ころに出現する、礫を配して広場的な空間を構築した遺構)との関係を検討した。
分析の結果から、環状配石墓は、散発的にではあるが、青森県域全体に存在し、土坑に対し環状配石が大きいもの(1類)、土坑と環状配石の大きさがほぼ同じもの(2類)に分類できることがわかった。環状配石墓1類と2類とは、規模の差から、性格(被葬者など)に差がある可能性が高い。また、環状配石墓は、石棺墓の成立に大きな影響を与えた可能性があること、環状配石墓と環状列石は、規模・主な時期の差異から、直接関係する可能性は低いが、環状配石墓に代表される、青森県域における配石行為・埋葬行為の伝統は、環状列石に大きな影響を与えている可能性が高いことを指摘した。
研究テーマ
人類の果実利用がニワトコ属核形態に与えた影響の解明
研究者
平岡 和(北海道大学大学院文学院)
研究成果概要
円筒土器文化圏や周辺地域における現生のニワトコ(狭義)Sambucus racemosa subsp. sieboldianaとエゾニワトコS. racemosa subsp. kamtschaticaの果実・核の計測と遺跡出土の未炭化核、炭化核、圧痕資料の形態分析を実施し、核形態の体積の時空間的な差異を調べた。
現生のニワトコ(狭義)核の体積の最大値は約1.57mm3だった。エゾニワトコは北海道では1.57mm3以上の核が検出されたが、三内丸山遺跡に生育するエゾニワトコ核は1.57mm3以下だった。未炭化の出土核も1.57mm3以下であれば、ニワトコ(狭義)かエゾニワトコ、1.57mm3以上の核であればエゾニワトコである可能性が高いと考えた。さらに、エゾニワトコの方がニワトコ(狭義)より核の体積に対して果実の体積が大きい傾向があった。縄文時代の人類が核を廃棄し、果肉と果汁を利用していたならば,エゾニワトコの方が採集・利用の効率が良く、利用価値が高かったと考えた。
出土核形態を時間軸・空間軸から見ると、青森県と秋田県では、縄文時代前期頃には既に1.57mm3以上の大型の核が出土し、晩期頃から徐々に小型化した。一方、北海道では、縄文時代の出土核の大きさは中近世頃まで維持された。北海道では人類の果実利用が東北地方以南より長期間継続され、2亜種の分化に影響した可能性を指摘した。
研究テーマ
円筒土器文化圏の集落形態と変遷に関する比較考古学的研究
研究者
永瀬史人(さいたま市教育委員会)
研究成果概要
縄文時代の中でも人口が増加すると考えられている中期の集落は、関東地方では住居跡が環状にめぐる「環状集落」で構成されることが知られているが、円筒土器文化圏における同時期の集落はいわゆる「列状集落」であることを特徴とする。この集落の形態的な違いが何を意味しているのか? また、どのような点に共通性が認められるのか? 北東北・北海道と関東地方の縄文集落との比較を通じてその様相を捉えていくことを目的とする。
ここでは、円筒土器文化のいわゆる「列状集落」の中で全体的な集落の構成や変遷が確認されているいくつかの遺跡を取り上げ、その時間的変遷と時期毎の住居跡の主軸方向などを分析項目として変化の画期を検討した。
全体に共通する事項としては、中期後半以降になると住居群の分布が広場となる方向に寄る、あるいは主軸方向が広場の方向に向く、掘立柱建物群の出現が顕著になる例など、広場を意識し、利用するかのような傾向がみられ、墓にかかわる遺構が中央空間に出現するようになる。
一方で、縄文集落の形態としてよく知られている「環状集落」の変遷をみると、住居群の分布が時間の変遷と共に広場の方向へ移行する傾向があり(内進化現象)、中期後葉以降、広場となる空間に屋外埋甕群や土壙墓群、環状列石などが現れる事例が確認された。
列状集落と環状集落は北緯40°線を境に分布圏が明瞭に異なることから、その形態の違いは文化形態の差異によるものといえるが、二大群に分節された住居群と広場の空間を保持した形態、集落の変遷パターンには共通点が見いだされ、その背景に北東北や関東地方への大木系土器文化圏の波及が関与している可能性があることを指摘した。
研究テーマ
縄文人のDNAを解読する-堆積物からDNAを取り出せるか?-
研究者
山谷あかり(青森大学青森ねぶた健康研究所)
研究成果概要
日本を代表する縄文遺跡である三内丸山遺跡に暮らした縄文人のDNAが解読できれば、その情報そのものが「資料」として重要であり、今後の人類進化研究の進展に寄与する。また、縄文人のゲノム情報と今の青森に暮らす現代人のゲノム情報を比較することで、例えば、青森県が「短命県」である理由を遺伝学的な視点から考察できるかもしれない。このような考えのもと、本研究に着手した。
はじめに、三内丸山遺跡の堆積物(土壌)からのDNA抽出方法を検討した。由来の明らかなDNAを土壌に吸着させた後、抽出操作を行なった。その後、抽出液を分析し、設定した方法でDNAが抽出できることを確認した。次に、三内丸山遺跡に保管されていた埋設土器土壌をサンプリングし、土壌からDNAを抽出した。抽出したDNAに対して、配列を解析するためのライブラリ調製を行なった。シーケンスおよびデータ解析は金沢大学にて実施した(覚張隆史先生のご厚意による)。結果、埋設土器土壌サンプルから得られたDNAの中に縄文人由来だと思われるDNA配列は検出されなかった。より保管状態の良いサンプルであれば、縄文人DNAが残存していた可能性はある。今後、本研究をどのように継続するか、検討中である。
