特別研究
趣旨
特別史跡三内丸山遺跡は、縄文時代前期中頃から中期末の大規模な集落跡であり、円筒土器文化の解明のみならず、縄文文化の研究においても欠くことのできない重要な遺跡です。青森県教育委員会ではこれまで、三内丸山遺跡の全体像の解明及び縄文文化に関する調査・研究を進めるため、各種分析や資料の蓄積等を行うとともに、特別研究として、関連する研究を行ってきました。
研究テーマ
①三内丸山遺跡に関する研究
②円筒土器文化に関する研究
③縄文遺跡の保存・公開・活用に関する研究
(例えば遺構や出土品の展示方法、体験学習などの普及・啓発・活用に関する研究)
特別研究概要一覧
令和4年度 | 令和元年度 | 平成29年度 | その他の年度 |
研究テーマ
三内丸山遺跡における枝回転文土器の調査と土器製作季節の推定
研究者
矢野健一(立命館大学)
研究成果概要
三内丸山遺跡の第6鉄塔地区から、縄文前期の円筒下層a~b式(約6000年前)に位置付けられる「枝回転文土器」が出土している。この枝回転文土器は、木の枝を回転させて文様を施したことはわかっているが、木の樹種はわかっていない。文様を施すために選んだ木には特別な意味があるのかもしれない。このことから、本研究では木の種類(樹種)を特定することを目的とし、検討をおこなった。また、木の先端部の芽の状態から、どの季節の枝を利用したかを推定した。
三内丸山遺跡で報告されている枝回転文土器1点について調査、及び茅野嘉雄氏のご教示により、ヤチダモという木の枝の短枝に密集する葉痕を利用していると判断した。(1)枝の先端付近の直径が1㎝近い、(2)葉痕が互生する、(3)葉痕が半円形に近く、小さな「維管束痕」が多数弧状にめぐる、(4)葉痕の縦列の間隔が短い、(5)半円形の葉痕上端中央に接するように冬芽が発芽する、といった条件を満たす枝を東北大学植物園所蔵標本の悉皆調査によって調べた結果、モクセイ科トネリコ属の落葉広葉樹であるヤチダモ以外には考えにくいという結論に達した。また、円筒下層式の枝回転文は3種に分類されているが、器面状態と施文方法を変更すれば、3種とも同一原体で施文可能であることを実験で確認した。
枝先端部の冬芽が形成されるのは夏の終わりから春先までだが、葉痕のある短枝は年間を通じて入手できるため、枝の入手季節の特定は困難である。葉痕だけではなく、冬芽自体の痕跡を有するものがあれば、秋から春先に限定できるはずである。
研究テーマ
三内丸山遺跡出土土器付着炭化物の脂質分析-前期から中期へ煮炊きは変化したのか?-
研究者
宮⽥佳樹(東京⼤学総合研究博物館)
研究成果概要
三内丸山遺跡から出土した縄文土器の内面付着炭化物に含まれる脂質(有機物)を分析することで煮沸内容物を推定し、三内丸山遺跡における土器の使い方や、食のあり方について復元を行った。
土器付着炭化物の脂質分析結果から、縄文時代前期中・後葉(円筒下層式土器)は、クリやドングリなどの堅果類、陸獣などの陸棲の動植物から、魚類や海獣類などの海棲動物まで、多様性のある食材選択を行っていた。縄文時代中期前・中葉(円筒上層式土器)になると、植物質の影響がほぼ見えなくなり、陸獣と海棲動物中心の食材選択に変化していき、中期後葉(榎林・最花・大木10 式土器)になると、陸棲動植物は検出されず、海棲動物中心の食材選択へと推移した。
バイオマーカー解析の結果、全ての時期に関して、植物質の影響は見られるものの、分子レベル炭素同位体組成からは、前期から中期にかけて、植物質の影響が小さくなり、海棲動物の影響が大きくなる傾向が伺えた。
これまで花粉分析によって、縄文時代前期から中期にかけて、クリやトチノキなど、植物利用の盛衰が指摘されていたが、煮炊き内容物の変遷を調べることにより、海産物利用が段階的に大きくなることを初めて指摘した。
研究テーマ
三内丸山遺跡・大人の墓等土質遺構の保存活用を目的とする復元的展示材料の開発研究
研究者
澤田 正昭(東北芸術工科大学 文化財保存修復研究センター)
研究成果概要
土質遺構の屋外展示では、遺構自体を補強強化し露出展示する手法と遺構面を覆うレプリカによる展示手法が一般的である。屋外環境では、降雨や温湿度変化等の過酷な条件下で耐久性のある構造とする必要がある。また、寒冷地では、冬季の凍結融解に対する耐久性も求められる。本研究では、過去に土質遺構の保存強化処理が行われた遺跡の現状を調査すると共に、実験室において、樹脂処理を行った土壌の凍結融解実験を行い、どの様な保存材料が望ましいのか検討を行った。遺跡調査では、青森市三内丸山遺跡、熊本市史跡池辺寺跡、人吉市大村横穴群、北海道モヨロ貝塚等の事例について調査を行った。本調査結果からは、変性エポキシ系樹脂(サイトFX)で処理した擬土が耐久性に優れていることが確認された。また、熊本の池辺寺跡での処理例に見られる様に、施工前、その擬土の基盤となるベースを強固にすればするほど耐久性がよいことも確認された。また、カンボジアでの暴露実験などの結果から、施工後、擬土表面をアクリル樹脂等でコーテイングすることで、耐候性を増加できることも確認している。これらの調査結果は、土質遺構の展示材料について検討を行う上で重要であると考える。
研究テーマ
三内丸山遺跡の埋設土器に付加される人為的行為 -二次整形痕を中心に-
研究者
髙木 麻里帆 (埼玉大学大学院人文社会科学研究科)
研究成果概要
三内丸山遺跡では、円筒上層式を中心に約890基の埋設土器遺構が検出されている。この墓の棺である土器は、もとは煮炊きや貯蔵などに日用的に使用されていたものである。日用的な土器から棺へと転用される際には、土器の選定や二次整形など、さまざまな人為が施されていると推測する。しかし、これまでの研究ではこうした転用の過程が明らかにされていない。そこで、埋設土器を観察し、土器に付された行為の具体的な方法や特徴などを検討した。
対象とした資料は、遺跡内で埋設土器が集中する北盛土北側の、5つのグリッドから出土した埋設土器110基である。
観察の結果、34 基に把手・口縁部・胴部の打ち欠きや底部の穿孔など、少なくとも4種類の二次整形を行った痕跡が確認された。その中でも、口縁部を打ち欠く方法が全体の62%と最も大きな割合を占める。また、各種類の整形が単独で施された埋設土器に加え、複数の種類を組み合わせて仕上げられた土器も存在することから、さらに多くの種類やバリエーションが予想される。
本研究ではこうした二次整形を行う目的は、整形後の土器の形や容量の特徴から、土器の機能を目に見える形で変化させること、そして棺の基準に合った大きさ・形に整えることであると考える。
研究テーマ
円筒土器文化における集落の実態をさぐる -時期差・地域差・存続期間の比較研究-
研究者
三内丸山遺跡保存活用推進室
研究成果概要
特別研究推進事業の共同研究として「円筒土器文化における集落の実態をさぐる」というテーマで、平成29年度から3か年で研究を行うこととした。
土器型式ではない、竪穴建物跡、墓、貯蔵穴、石器、土偶、土製品、石製品などからも型式を見出し、異なる時間軸からの比較を試みる。土器型式に時間軸を頼ってきた考古学的時間を見直すだけではなく、土器とは時間幅の異なるものが存在することなどが整理され、物質文化の新たな比較検討の方向性を見出すことができる。
このような方法論のもと、遺構や遺物の属性を詳細に比較することによって、円筒土器文化における集落の実態をさぐることを目的としている。
時期差や地域差を表す属性を竪穴建物跡、土坑墓、貯蔵穴などで抽出し、地域ごとの変遷図を作成し、円筒土器文化圏における集落の特徴を比較検討する。あわせて、可能な限り遺物の変遷も示していく。
3か年計画で、三内丸山遺跡周辺、青森平野、青森県、4道県と円筒土器文化圏で地域を広げて資料を整理していく。今年度は三内丸山遺跡周辺と青森平野を中心に竪穴建物跡の変遷図を作成し、建物型式の設定を試みた。縄文時代前期は岩渡小谷(4)、稲山遺跡、中期は三内丸山、三内沢部(1)、三内丸山(6)遺跡を対象とした。
研究の成果として、竪穴建物跡の基本的な属性である、平面形、炉の種類、主柱穴の本数、特殊施設の有無で分類を行った結果、時期ごとや遺跡ごとの特徴が抽出できた。同時期の近接する集落でも、竪穴建物跡の特徴が属性ごとに異なることが整理された。
例えば、上層d・e式期には、楕円形で面積が小さい定型的な建物跡が主体的であるが、三内丸山(6)遺跡ではそのタイプが少なく、さまざまな形態がみられる。集落の立地している場所には斜面地が多いため、地形にあわせた建物跡になっている可能性がある。
三内沢部(1)遺跡では土器を使用した炉の割合が高い。
上層e式期には特殊施設が設置される竪穴建物跡が多い集落(三内丸山遺跡、三内沢部(1)遺跡)とそうでないもの(三内丸山(6)遺跡)がある。
これらは成果の一例で、集落ごとの特徴であるが、炉の種類、竪穴建物跡の面積、主柱穴の配置などの変化など、時期的な特徴も整理されている。