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三内丸山遺跡についてabout

発掘最前線2020

 

 

第14週(8月31日~9月4日)

溝状遺構周辺の土坑の調査を行っています

 

第316号溝状遺構の両側に土坑を検出した様子

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溝状遺構と土坑の構築順(模式図)

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 第316号溝状遺構の両側からは、土坑(人為的に掘った楕円形の穴)がみつかっていることから、溝状遺構と土坑の構築順を確認するため、土坑の一部を掘削しました。

 写真の下側の土坑では、模式図の③のように溝状遺構の上に堆積している土が、土坑内に堆積していることが確認できました。

 このことから、土坑が埋まっていく時には、すでに溝状遺構は埋まっていることになるため、溝状遺構の埋没後に土坑が作られたと考えられます。

 

(次回の更新は9月18日の予定です)

 

 

 

第13週(8月24日~8月28日)

平安時代の遺構が新たにみつかりました

 

平安時代の遺構を検出した様子

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 縄文時代の溝状遺構の西側への延伸状況を確認していくなかで、黒い土や赤い土の範囲がみつかりました。

 黒い土の範囲には、945年頃に降下した火山灰が確認できることから、平安時代の頃の遺構と推定できます。赤い土の範囲は、カマドの煙出しの跡と考えられるため、黒い土の範囲と合わせて、竪穴建物跡であると考えられます。

 溝状遺構は、この付近に延伸する可能性があるため、今後の調査によって明らかにしていきます。

 

(次回の更新は9月14日の予定です)

 

 

 

第12週(8月17日~8月21日)

溝状遺構の詳細な調査を行っています

 

第316号溝状遺構に堆積した土を掘削している

様子(画像クリックで写真拡大)

 

 第316号溝状遺構の一部を掘り下げています。一番上に堆積した土を除去していくと、赤く変色した土の範囲がみつかりました。付近からは縄文時代中期末葉(4,400~4,200年前)の土器もみつかっており、赤い土の範囲はこの頃の人々が火を使用した痕跡であると考えられます。

 

(次回の更新は9月4日の予定です)

 

 

 

第10・11週(8月3日~8月7日、8月11日~14日)

溝状遺構の西側への延伸状況が見えてきました

 

第316号溝状遺構の延伸状況を確認している

様子(画像クリックで写真拡大)

 

 今年度調査している2つの溝状遺構のうち、第316号溝状遺構は西側へ約10メートルほど伸びていることがわかってきました。

 もう一つの第315号溝状遺構については、現時点では明らかではありません。付近が江戸時代以降に大きく削られていることが要因とみられます。

 

(次回の更新は8月28日の予定です)

 

 

 

第9週(7月27日~7月31日)

発掘調査委員会を開催しました

 

発掘現場で第316号溝状遺構の調査状況を説明

している様子(画像クリックで写真拡大)

 

 三内丸山遺跡では、発掘調査委員会での検討に基づいて発掘調査を進めています。

 7月28日に開催した今年度の第1回目となる委員会では、調査方針や現状を発掘現場で説明し、委員から御指導、御助言をいただきました。

 より良い調査成果が得られるように、指導内容を踏まえて調査を進めていきたいと思います。

 

(次回の更新は8月21日の予定です)

 

第7・8週(7月13日~7月17日、7月20日~7月22日)

第315号溝状遺構を調査しています

 

溝状遺構の確認状況(黄色い線が遺構の際)

(画像クリックで写真拡大)

 今年度調査を行っている範囲では、第315号、第316号の2つの溝状遺構を確認しています。今回は第315号溝状遺構の調査を紹介します。

 写真の赤線で囲まれた範囲の表土を掘削したところ、黒い土と黄色い土の境目(写真左側の黄色の線の部分)が見つかりました。昨年度の調査の結果から黒い土は、黄色い土を掘り込んで作った遺構のなかに堆積した土だと考えられることから、溝状遺構の幅が約3mであることを確認しました。

 西側の調査区では、2つの溝状遺構がどこまで延びるのか確かめるため、表土を除去しながら遺構確認を行っています。

 

(次回の更新は8月7日の予定です)

 

 

 

 

第6週(7月6日~7月10日)

調査範囲を広げました

 

平安時代頃の遺構周辺の確認状況

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 第4週に紹介した平安時代頃の遺構の周辺を掘り下げたところ、写真のように複数の時期の遺構がみつかりました。

 写真の赤線で囲まれた約4m四方の黒い土の範囲は、その大きさから竪穴建物跡の可能性があります。その中に積もった火山灰が945年頃の噴火によるものである可能性が高いことから平安時代以前に作られたものだと考えられます。その後、この遺構の上には細い溝跡が作られており、さらにこれまでの調査により付近一帯が江戸時代頃に大きく削られていることがわかります。

 このように、土の重なり方を調べていくと、土地利用の様子がみえてきます。

(次回の更新は7月31日の予定です)

 

 

 

第5週(6月29日~7月3日)

発掘調査現場公開をはじめました!

調査担当職員による現場ガイドの様子

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 平日の9時から16時30分(12時から13時を除く)まで発掘調査の様子を間近で見学することができます。9月18日まで公開していますので、ぜひお越しください。発掘調査を実施していない日もありますので、詳細はこちらをご覧ください。

 また、公開日の11時からは調査担当職員による15分程度の現場ガイドを行っています。

 なお、新型コロナウイルス感染防止対策として、見学及び現場ガイドへの御参加は1回10名程にさせていただいています。

 

(次回の更新は7月17日の予定です)

 

第4週(6月22日~26日)

平安時代頃の遺構を発見しました

細長く掘り下げた部分の確認状況

(赤い点線の間が遺構の範囲)

(画像クリックで写真拡大)

 調査区の一部を細長く掘り下げたところ、溝状遺構の近くから新たに遺構がみつかりました。

 この遺構の中には平安時代(945年頃)に降下した火山灰が含まれていることから、平安時代かそれ以前に作られたものと考えられます。

 今後の調査で、溝状遺構との関係を明らかにしていきたいと思います。

                                         (次回の更新は7月10日の予定です)

 

 

 

第3週(6月15日~19日)

溝状遺構を確認中です

溝状遺構の確認状況(赤線の右側)

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 今年度新たに調査を始めた区域で、溝状遺構の範囲が見え始めました。溝状遺構は、地面をU字状に深く掘り込んで作られていますが、どのような機能があったかは現時点ではわかっていません。

 表土を丁寧に除去していくと、写真のように黒い土と黄色い土を確認しました。左側の黄色い土は、縄文時代よりも前に堆積したもので、右側の黒い土は縄文時代以降に掘られた遺構の中に堆積した土であると考えられます。この範囲は、表土が削られているため、黄色い土までの堆積が薄くなっています。

 7月1日(水)からは現場公開を実施します。詳細はホームページに掲載していますのでご覧ください。詳細はこちら

 

(次回の更新は7月3日の予定です)

 

 

第2週(6月8日~12日)

埋め戻し土を除去しました

砂を取り除いて遺構を再確認している様子

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 今年度の調査では、今年度新たに設定した調査区と比較検討するため、昨年度調査した区域も再び調査することにしています。

 昨年度の区域は、遺構を保護するために砂や掘り上げた土で一度埋め戻しを行っているので、今週はそれらを取り除く作業を行いました。

 

(次回の更新は6月26日の予定です)

 

 

 

第1週(6月1日~5日)

三内丸山遺跡第44次発掘調査を開始しました

発掘調査のための準備作業をしている様子

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 6月1日に発掘調査を開始しました。第44次調査は、遺跡北端部と南の谷北側の2地点で行います。調査期間は9月30日(水)までの予定です。

 調査を開始した遺跡北端部では、これまでの調査で発見されている溝状遺構の規模や構造等の解明を目的としています。 

 新型コロナウィルス感染防止に万全を期して、調査を進めていきます。

 発掘調査現場は、7月上旬から一般公開する予定です。