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三内丸山遺跡についてabout

発掘最前線2017年

2017年10月10日 (火) 21週目

今年度の発掘調査もあと少しです

Mトレンチの埋め戻しの様子です。

Mトレンチの埋め戻しの様子です。

 

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発掘調査も大詰めを迎え、調査が終わったトレンチでは埋め戻し作業を行いました。調査した遺構を保全するために、砂を入れてから土で埋めました。
今年度の発掘最前線は、今回で終了となります。今年度の調査でも様々な成果が得られましたが、詳細な報告は3月に開催される遺跡報告会で行いますので、ぜひお越しください。

 

2017年10月2日 (月) 20週目

記録作業を進めています

土層断面図作成中の様子です。

土層断面図作成中の様子です。

 

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発掘調査委員会でご指導いただいたところの調査を進めながら、併行して調査地点の図面作成や写真撮影、測量などの記録作業を行っています。Nトレンチでは、南北のサブトレンチの調査が終了したため、土層断面図の作成を行いました。土の堆積の様子を図化し、土色や土層の含有物などを記録しました。

 

2017年9月25日 (月) 19週目

第2回三内丸山遺跡発掘調査委員会を開催しました

現地指導の様子です。

現地指導の様子です。

 

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委員会では、今年度調査を行った沢跡や、沢跡と「溜池状遺構」の関連性、盛土と考えられる箇所について、ご指導をいただきました。また、来年度の調査予定についても貴重なご意見をいただきました。
今回の指導を受け、より多くの情報が得られるよう10月も調査を続けていきます。

 

2017年9月19日 (火) 18週目

合わせ口の土器埋設遺構が確認されました

土器埋設遺構の周辺では敲磨器(こうまき:たたいたり磨いたりするのに使う石製の道具)などが出土しました。

土器埋設遺構の周辺では敲磨器

(こうまき:たたいたり磨いたりする

のに使う石製の道具)などが

出土しました。

 

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Kトレンチの北側で、盛土と考えられる箇所を掘り下げていたところ、2個の土器が合わせ口状態で置かれている土器埋設遺構が確認されました。土器は施されている縄文などから、円筒下層d1式(前期末葉)のものと考えられます。このトレンチ周辺では他にも複数の土器埋設遺構が見つかっており、盛土と重なるように墓域が広がっていたと考えられます。

 

2017年9月11日 (月) 17週目

現地説明会を開催しました

Kトレンチで、発掘調査内容の説明を行っているようすです。

Kトレンチで、発掘調査内容の

説明を行っているようすです。

 

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9月16・17日、三内丸山遺跡第41次発掘調査現地説明会を開催しました。今年度調査を実施した沢跡や盛土と考えられる箇所を見学していただきました。また、発掘現場の近くでは出土遺物を展示し、遺物に触れる体験も行いました。
今年度の発掘現場公開はこれをもって終了となります。現場ガイドには、合計で1000人以上の方に参加していただきました。ご来場、ありがとうございました。

 

2017年9月4日 (月) 16週目

台付き鉢が出土しました

出土状況は、写真や図面などで記録をとりました。

出土状況は、写真や図面などで記録を

とりました。

 

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Kトレンチの盛土と考えられる部分で、台付き鉢などの遺物が出土しました。台付き鉢は高さが10cm程で、口縁部にはとってがつけられており、縄文時代前期末葉~中期初頭(約5000年前)のものと考えられます。口縁~体部には縄を転がしてつけた文様がありますが、台の部分にはありません。Kトレンチのこの地点からは、これまでに多くの遺物が出土していますが、台付き鉢は初めての出土です。

 

2017年8月28日 (月) 15週目

埋設土器が確認されました

近くでは破損した石皿や敲磨器類も出土しました。

近くでは破損した石皿や敲磨器類も

出土しました。

 

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Nトレンチの南側では、延長したサブトレンチで土器埋設遺構が複数確認されました。埋設土器は子供の墓と考えられており、これまでの調査で縄文時代前期後葉~中期末葉にかけて、北盛土周辺に集中して約500基構築されているのが確認されています。今回確認されたものもその墓域の一部と考えられ、時期がわかるものでは縄文時代前期末葉(約5000年前)のものがあります。

 

2017年8月21日 (月) 14週目

漆塗りの土器が出土しました

Nトレンチではこの時期の土器がまとまって出土しました。

Nトレンチではこの時期の土器が

まとまって出土しました。

 

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新しく設定したNトレンチで、遺構の堆積土から漆塗りの土器が出土しました。赤漆で内外面を塗っていて、土器の縁に付けられた突起の形などから、縄文時代中期後半(約4200~4000年前)のものと考えられます。装飾性が高いことなどから、煮炊き以外の特殊な用途に使われた可能性があります。

 

2017年8月14日 (月) 13週目

石棒が土器の上で出土しました

Kトレンチの捨て場と考えられる箇所で見つかりました。

Kトレンチの捨て場と考えられる箇所

で見つかりました。

 

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Kトレンチで、土器の上に石棒がのった状態で見つかりました。このような特殊な出土状況からは、まつりなどなんらかの行為を行った可能性も考えられます。周辺で見つかっている土器の破片から、縄文時代中期前葉~中葉(約5000~4500年前)のものと推定されます。

 

2017年8月7日 (月) 12週目

小型土器が出土しました

大きな石と一緒に出土しました。

大きな石と一緒に出土しました。

 

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Kトレンチの捨て場と考えられる場所から小型土器2点が出土しました。底部の直径は5cmほどで、黄色の丸で囲った小型土器は、文様などから約5000~4800年前のものと考えられます。隣の土器の破片の大きさと比べると、非常に小さく作られていることがわかり、まつりなどに使われたものかもしれません。

 

2017年7月31日 (月) 11週目

発掘体験が行われました

発掘調査の作業員さんの指導を受けながら、調査を体験します。

発掘調査の作業員さんの指導を

受けながら、調査を体験します。

 

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8月1日(火)、今年度発掘調査を行っている遺跡北端部で、さんまる縄文体験「体験!発掘調査」を開催しました。参加者のみなさんは、現在調査が進んでいるKトレンチで、普段使っているものと同じ道具を使って調査を体験しました。
写真の調査区では、土層が硬くしまっている部分があり、掘り進めるのが大変でしたが、土器や石などを見つけた方もいました。

 

2017年7月24日 (月) 10週目

異形石器が出土しました

異形石器が出土した時の状況です。

異形石器が出土した時の状況です。

 

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 Mトレンチの捨て場と考えられる箇所で、異形石器(いけいせっき)が出土しました。縄文時代前期末葉~中期前葉の土器が出土する層から見つかりました。幅が5~6cmほどで、津軽半島を流れる蟹田川周辺などで採れ、薄く割れる特徴をもつ珪質頁岩(けいしつけつがん)という石で作られています。
 異形石器は、何に使われたか、はっきりとはわかっていませんが、三内丸山遺跡ではこのような三日月形の異形石器が他にも多数出土していることから、何らかの道具として使われた可能性が考えられています。

 

2017年7月18日 (火) 9週目

盛土と考えられる箇所から遺物が出土しています

写真手前の灰色の層に土器がまとまって出土しています。

写真手前の灰色の層に土器がまとまって

出土しています。

 

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現在調査を行っているKトレンチ(小ドーム北東側)では、盛土と考えられる炭や焼土などを多く含む層から、遺物がまとまって出土しています。層によって遺物の量には違いがあるようで、手前に写っている灰色の層には土器が多く出土しています。土器はその文様などの特徴から縄文時代中期前葉(5000~4500年前)のものと考えられます。

 

2017年7月10日 (火) 8週目

土偶の破片が出土しました

土偶(裏面)の出土状況(赤い丸部分)と、土偶(表面)の破片(左上)です。

土偶(裏面)の出土状況(赤い丸部分)

と、土偶(表面)の破片(左上)です。

 

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土器の破片などと一緒に土偶の破片が出土しました。破片の大きさは10cm程度で、右腕から胴にかけての部分と思われます。縄を押してつけた直線や馬蹄形の文様が確認できるため、今から約5000~4500年前の縄文時代中期前葉のものと考えられます。胴の中心と思われる部分の破断面には、穴が開けられていた痕跡が確認でき、土偶の口から足まで貫通する穴(貫通孔かんつうこう)と考えられます。

 

2017年7月3日 (月) 7週目

発掘調査現場の公開を開始しました!

あいにくの雨天でしたが、たくさんの方に見学していただきました。

あいにくの雨天でしたが、たくさんの方

に見学していただきました。

 

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7月3日(月)、第41次発掘調査現場の公開が始まり、あわせて発掘調査現場ガイドもスタートし、初日は約30名の方にお越しいただきました。見学者の皆さんは担当者による発掘調査の説明に耳を傾けていました。
 現場の公開は平日9~12時、13~17時に、現場ガイドは公開日の11時から行っています。縄文時代の土の様子や遺物を間近で見ていただけますので、ぜひお越しください。

 

2017年6月26日 (月) 6週目

三内丸山遺跡発掘調査委員会を開催しました

縄文時代の埋没沢と推定される地点について説明しているところです。

縄文時代の埋没沢と推定される地点に

ついて説明しているところです。

 

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 6月23日(金)、平成29年度の第1回発掘調査委員会を開催しました。今年度の発掘調査の概要を説明した後に、発掘調査現場で各委員から指導・助言をいただきました。
 特に縄文時代の埋没沢の位置や堆積層の特徴などについて様々な意見がありました。

 

2017年6月19日 (月) 5週目

磨製石斧(ませいせきふ)が出土しました。

磨製石斧(写真中央の青緑色の石)が出土した状況です。

磨製石斧(写真中央の青緑色の石)が

出土した状況です。

 

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 磨製石斧は、木の伐採・加工の道具として、縄文時代の生活で欠くことのできない重要な道具です。写真中央の青緑色の石は、自然礫(れき)に囲まれるように出土した磨製石斧です。この磨製石斧の石材は緑色片岩(りょくしょくへんがん)あるいは緑色岩(りょくしょくがん)と推定され、これまでの三内丸山遺跡特別研究の成果から北海道の額平川(ぬかびらがわ)流域一帯で採取できると考えられている石です。磨製石斧の材料として、縄文人に大変珍重されていた石です。
 三内丸山遺跡ではこれまで1000点以上の磨製石斧が出土しており、その多くが緑色片岩あるいは緑色岩と鑑定され、岩石学的な研究から北海道産の石であると推定されています。そのため、三内丸山遺跡に暮らしていた縄文人が非常に広い範囲の人々と関係を持っていたことがわかります。こうした情報を積み重ねることで、縄文時代のムラとムラ、人と人との関係を明らかにすることができます。

 

2017年6月12日 (月) 4週目

低い地点でも土器などが出土しました。

縄文時代前期末から中期初頭(約5000年)の土器が出土した状況です。

縄文時代前期末から中期初頭

(約5000年)の土器が出土した状況です。

 

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 運転免許センター近く、段丘下の標高10.5m程の地点で1.5m程掘り下げたところ、土器などが出土しました。
 三内丸山遺跡は、標高20m程の段丘上の高い地点で大型掘立柱建物跡や大型竪穴建物跡などが見つかっていますが、段丘の低い地点においても縄文人による活動があったことが調査で明らかになっています。ただ、標高の低い部分でどのような活動が行われていたのか、まだ不明な点が多いため、今後も発掘調査によって解明していく予定です。

 

2017年6月5日 (月) 3週目

土器などが出土しました

<table class="sp_table"> <tbody> <tr> <td style="white-space: nowrap;"> </td> <td style="vertical-align: top;"></td> </tr> </tbody> </table>

縄文時代中期の土器(円筒上層a式)

が出土した状況です。

 

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 縄文時代の埋没沢を探すために、多数の土器や石器が含まれている層を掘り下げています。層の厚さは現時点で30~80cm程度になります。出土している土器は、縄文時代中期のもので、壊れた状態で見つかっています。石器は石鏃(せきぞく)や磨製石斧(ませいせきふ)が発見されています。

 

2017年5月29日 (月) 2週目

溝跡(みぞあと)を発見しました

写真の赤線内側は溝跡です。奥に縄文土器(黄色の枠内)が出土しています。

写真の赤線内側は溝跡です。

奥に縄文土器(黄色の枠内)が

出土しています。

 

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 地表を覆っていた土を取り除いたところ、溝跡が発見されました。この溝跡は縄文時代の土器が埋まっている土を掘って造られています。詳細な調査はこれからですが、溝跡は平安時代以降に構築されたと考えられます。

 三内丸山遺跡では、これまで縄文時代、平安時代と中世の遺構が確認されています。昔から人が住み続けた場所であることがわかります。

 

2017年5月22日 (月) 1週目

発掘調査スタート!

昨年度の調査区(埋没沢付近)の壁面についた砂を掻いて落としているところです。

昨年度の調査区(埋没沢付近)の壁面に

ついた砂を掻いて落としているところ

です。

 

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 平成29年度の発掘調査が、5月22日に始まりました。調査開始日には発掘作業員の任用通知書交付式を行い、調査区の環境整備や機材の準備を行いました。

今年度の調査は、昨年度からの継続で、遺跡の北端部において、縄文時代の「溜池状遺構」と埋没沢等の解明に取り組みます。

 今年度もホームページで発掘調査の様子をお知らせしていきます。

 また、7月からは発掘現場を公開し、現場ガイドを行う予定です。みなさんのお越しをお待ちしております。